200分の1

2012年は、孫博と大連市双方にとって、転機となった年でした。 それまで、テンセントは大連でプロダクトマネージャーを募集したことがなく、孫博が卒業して就職活動を始めようとしていた年でした。 テンセントが募集しているのを見てすぐに筆記試験を受けた。 その後、筆記試験を受けた200人以上の生徒の中から、彼だけが選ばれて採用されたことを知りました。

テンセントの採用と言われていたが、実際にはテンセントが買収したDisqus!というBBSベンチャーに採用されていた。 当時はまだテンセントグループに属していなかったため、転職の機会があっても応募することができませんでした。 Disqus!がテンセントの一部となった1年以後、孫博がWeChatのプロダクトマネージャーのポジションを見た。

WeChat加入

北京テンセントと広州微信(WeChat)は、仕事のスケジュールが大きく異なります。 テンセントは9時か9時半から仕事を始め、19時を過ぎるとオフィスは誰もいない状態となる。 WeChatは、上司から「ブレストでもしようか」と言われるのは大抵夜中の12時や1時になります。 そんな時間帯に、一般人のブレーンは既にグロッキーですが、WeChatチームはどうではない。 電話インタビューを見ても、それがはっきり表れている。

孫博が電話面接を受けたときは、ほとんどの時間は「待て」であった。 当時は防音性の低い狭いアパートの一室に住んでいたので、面接時の環境や状態を良くするために、会社では深夜0時過ぎまで待機し、WeChatチームからWeChatによるメッセージを待つという状況。一か月ほど待ち続け、ある日の夜12時20分にWeChatチームから連絡があり、その場で電話面接を行ったという。

面接官は孫博に北京から広州への転勤の条件はあるかと尋ねた。 彼は「一切の条件なし、減俸でもかまいません」と答えた。 その直後、実際面接のために広州へ行った。 WeChatチームはいつものように、彼を待たした。 意図的に忍耐力を試すようなものなどでなく、そのチーム本当には多忙を極めています。孫博が待っている場所から、ガラス張りの面接者のオフィスがはっきり見える。まるで芸能人のサイン会のように、長い列に終わりが見えなかった。

面接官からいくつかの質問をされたが、孫博が印象に残ったのは「WeChat Payについてどう思いますか?」彼は「近い将来、恐らく2年くらいで、人々は外出するときに財布を持っていく必要がなくなり、WeChatだけで生活に必要な事を全てこなせると思います」と答えた。 また、張小龍氏(WeChatの生み親)は、プロダクトマネージャーはケビン・ケリー氏の「Out of Control」を読むべきだと公言しており、孫博氏はこの退屈で深い本を読み、メモを取りなどをしていました。

WeChatチームに加入した後に知った事だが、候補者の中で、彼の移籍手続きは最優先だったという。

当初、孫博は加盟店のWeChat決済に関連するSDKとAPIのドキュメント管理と最適化を担当していました。 当時は明確なドキュメントがなく、全てのエラーが出た時のフィードバックは基本的に「エラー」しかなかった。 北京引き渡し作業のために戻った2週間では、彼はトイレや通勤中に、これらの関連情報を整理したり、プログラミングについても学習していた。広州出勤の初日、彼に課せられた課題を見た上司は、「こいつは人材だ!」と予想を超えた結果を見て、当日に彼を十数グループに紹介した。

WeChat Pay開放

当時のWeChatにとってのターニングポイントでもあった。Pony Ma(テンセント創業者)は、2014年3月にWeChat Payを全てのサードパーティーに開放すると発表。 つまり、第三者(オンライン/オフラインショップなど)がWeChat Payにアクセスできるようにするためには、さまざまな監査が必要で15日もかかっていた元々のプロセスを、すべての加盟店が独自に申請できるようにする必要があったのです。 同時に、Alipay当時の審査時間は3日なので、WeChatチームはWeChat Payのプロセスを丸ごと作り直す必要があった。

しかも、プロジェクトが完了した際は、WeChat Payを財付通というテンセントPC時代から続けている支払い決済サービスに引き渡すということで、多くの人が手出しを渋っていました。孫博は仕事がしたかったので、快く引き受けた。3つのチーム+17人の開発者でWeChat Payを再設計と構築した。

 WeChat内部の開発は特に早い。通常はプロダクトマネージャーが 2 人の開発者とペアを組み、週に 1 回機能を開発します。しかし、ユーザーからしてみれば、WeChatはそんなペースで更新されていない。

実は張小龍氏(WeChatの生み親)は “実行よりも思考 “という考えで、実行する前によく考え込むことを提唱している。通常は思考に3週間、実行に3~7日という割合。 この決済プラットフォームについては、開発サイクルだけでも5週間。 若気の至りというべきか、競争者を凌駕したいと孫博は思っていたので、3日かかるAlipayの監査時間を、WeChatでは1日で完了させるプロダクトデザインをし、それを実現させた。

祭典という大局

WeChat Pay開放プロジェクトが終えると、プロジェクトは財付通に引き継がれました。孫博の上司は彼に三つの選択肢を与えた。付近、カードとインタラクティブTV。全二者はチャレンジ少なく、想像空間も狭い、でも3億人のDAUを持つTVなら、色んな事が試せる考えた。

最初にコラボしたのはVoice Of Chinaという海外から輸入した歌番組。スマホを振ることで、どのジャッジが一番早く椅子を回すかと当て、正解者にはプレゼントがあるという仕もの。ただ、それはライブではなかったので、ライブ番組をも試した。その結果、WeChatのインタラクティブTVに前例のないピークを達成した。

成功を収める孫博は、もっと大きな規模の番組を探していた。目につけたのは春節。これは中国の年越し祭典であり、全国数億人が中国中央TV(CCTV)をライブで視聴するという、年に一度の大祭りである。運良くも テレビ局も快く話してくれました。その後、合意に達し、孫博と彼のチームはすぐに広州に戻り、プロジェクトの計画を開始しました。テレビ局の番組チームとの連携は、広告チームが介入するまでは順調に進んだ。 業績がKPIとされる広告チームは、5300万元の価格を要求した。

この大祭りでの成功させるためには、孫博の小さなチームだけでなく、WeChatほとんどのチームが協力しなければならない。そこで彼の上司(現WeChat Payの責任者)は、20数名のWeChatチームリーダー全員をレストランに集め、「応援よろしくお願いします」と乾杯した後、「孫博、あとはお前の見せ場だぞ」とサポートした。この上司のサポートがなければ、在籍年月、年齢、肩書きともに一番小さかった孫博にこの大きなプロジェクトを成功させられなかっただろう。

数字で結果を見てみよう。春節の番組によって、WeChat(振る振る)を使った人数は1億5000万人。お年玉による二次シェアで触れた人数は4~5億人。そのおかげで、たった一晩で、WeChat Payに銀行口座を登録した人数は、AliPay過去10年間の合計よりも多いとされています(銀行口座をWeChatと結びつけることで、お年玉という現金を受け取れるという仕組み)。

2015年初の春節は5300万人民元だったが、翌年はアリババが2.688億人民元で勝ち取った。 今日、この春節の広告代は10億元に達した(150億日本円相当)。

このプロジェクトを成功させた要素は、市場、ユーザーとニーズを理解し、繊細な思考と企画をこなす能力が必要不可欠。しかし、これらの能力だけでは、”レトロ”メディアを説得することができない。なぜなら、当時はまだTV局様様だったのである。後日、CCTVの宣伝部の管理職が「この若者がいつも最初に口にするのは『あなた方が欲しいものは何でしょうか?』ということだった」と話していました。 これがB2Bの基本であり、信頼を得るための基本でもあります。 アマゾンの言葉を借りれば、「Customer Obsession」です。

孫博がWeChatでの活躍は周りの誰もが認めていたが、彼はもっと自分がマーケットやユーザーに対する敏感度を上げたい。大きな会社にずっといたら、それが育たない上、昇進していくにつれ、鈍感になると恐れた。第一線で奮闘することを望んだ彼は、スタートアップ企業でVPを担当し、自分よりも倍生きてきた先輩たちと一緒に仕事をしていました。

その後も諸事情により、高徳(地図アプリ)やDidiと他の2つのスタートアップに参入した。詳細に関してはビデオやポッドキャストにて視聴頂ければと思います(中国語ですが)。とはいえ、Didiにおける経験は本当に勉強になるので、メモを書かせていただきました。

Didiの不祥事

2018年8月、孫博はDidiの「セクハラ防止と安全」を主旨とする部署に就職した。 入社して2週間後、浙江省でDidi運転手によるレイプ殺人事件が起きた。この事件の三か月前には、鄭州にて客室乗務員が被害者となる別の事件があった。 3ヶ月間に2件同じレイプ殺人事件が発生したため、社会全体がDidiに対して悪評不断だった。

実は2回目の死亡事故を回避できた可能性があった。事件の前日、乗客が運転手のセクハラをカスタマーサービスに反映し、この運転手が暴行加えたので、もう乗客を載せるなと警告した。しかし、Didiの2万人のカスタマーサポートは、常に何十万件ものクレーム/フィードバックに埋もれており、優先度や緊急度をランク付けする仕組みもなかったため、この致命的な情報は、事後前にカスタマーサービスの人間に届いていなかった。

命のプロダクトデザイン

その頃、孫博チームは殺人をどう未然に防ぐかを考えており、彼も犯罪心理学や訴訟記録を調べていた。 結論として、Didiは「殺人を防ぐ」ことは出来ない。運転手が何らかの原因で、ヤケクソになっては、どんなポリシーもその運転手を止められないからだ。Didiができること、そしてやるべきことは、「安全生産法」で定められていることのみ。 一、(特に乗客からの)警告がすべて届いていることを確認できること。二、その警告を処理出来ること。三、報告された危険を起こさせないこと。

ただ、人の命を第一線で接触している2万人のカスタマーサポートに、タイムリーかつ正しい選択や決定をさせるのは無理がある。2万人という人数に、いつヒューマンエラーが起きてもおかしくない。そのため、プロダクトレベルで、誰もが客観的で「正確な」フィードバックを提供できるように設計しなければなりません。 例えば、運転手と同乗者は異性ですか? 運転手は同乗者を降ろさせないのか?GPS通りに走っているかどうか? 郊外へ向かってますか?などの問題をデザインした。

このように、第一線のカスタマーサポートによるフィードバックがシステム的に優先度付けされ、もっとシニアなサポートにエスカレーションされる仕組みを作り、セクハラなど危険性が高いクレームを迅速に対応できるようにした。車内カメラを追加したり、録音を運転手に強要するようになったのも、孫博のチームが行った改善点の一つ。

Didiにおけるこの成果は、彼自身も会社と社会両方に貢献できたということで満足していますが、Didiという組織は半年で小調整、1年で大調整というポリシーのため、多くのプロジェクトは、途中で再編成することを余儀なくされる必要があります、または上司が変わったりすることで、チームの方向性も変更するなど、製品作りををしたい孫博には、あまりにも苦痛過ぎた。

皆大変な世の中

最後に、違う角度からこのDidi不祥事を見てみたい。Didiというサービスは乗客が「客」と位置づけされているが、シェアリングエコノミーモデルでは、そのサービスを提供する運転手も大事。 5月の事件のせいで、軽いクレームでもDidiの運転手にオーダーが回ってこない事が起き、 何百人ものドライバーが苦情やストライキを行った。彼ら全員がハイリスクな加害者ではないと思うし、そうでないことを証明することはできないが、Didiの白黒構わずの一掃的なアプローチによって、彼らの生活に大きな影響を与えたは否定できない。

運転手に不満を持ったり、怒りをぶつけるのは簡単ですが、全ての運転手がレイプ魔なわけがない。思慮深く問題を解剖するよりも、レッテルを貼って、むやみに怒鳴る方が簡単。ただ、それでは問題を解決するどころか、悪循環に陥るだけだ。シンパシーを持てと言っても、そう簡単に持てるものではない。母親になったことがない人に、母親の大変さが判るはずもない。Didiの 運転手になったことがない人も同様です。

読者の皆様に違った視点から物事を見ていただければと思い、食事会で孫博の感嘆で今回のメモを締めくくりたいと思います。

“何百万の運転手さんの生活を少しでも改善したかった。彼ら背後の何百万人もの家族のために。”

注意事項: このメモはゲストから学んだ事を深く理解するためであり、私自身主観的な解釈が意識的、または無意識的に文字に反映されています。そのため、このメモよりゲストのお言葉の引用をお控えください。実際に何をどういう状況、口調、形で会話された内容に関しましては、ポットキャストにて全てご覧頂けます。

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断然ラーニングはシリアル・アントレプレナー、IT業界の営業とマーケティングを熟知し、12年日本、10年台湾、6年北京での仕事経験を持つトライリンガル、毎日何らかを学んでいるダンより提供。
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